大阪NPOセンター

役立つ専門家の声

2018.12.13.20:00:00

社会起業家の取組事例vol.3(いえしまコンシェルジュ合同会社)

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建築の先にあるまちづくり、暮らしのあり方

いえしまには、日本の未来を豊にするヒントがある

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▶問題意識に導かれた家島 移住、そしてコンシェルジュに

2014年5月、元総務相の増田寛也氏を座長とする民間研究機関「日本創成会議」が試算・発表した通称「増田レポート」。
2040年までに全国約1800市町村のうち約半分の896市町村が消滅する恐れがある、と。

都市生活者の日常ではあまり意識に上らない『人口減少』という社会問題。
この衝撃的なレポートは、この「見たくない現実」に強烈なスポットライトをあてた。
あくまでもひとつの見方に過ぎないが、複合的に絡み合った社会課題が人々の意識に浮上したことは間違いない。

そんな社会課題の最先端が『離島』にある。
そう考えた中西和也さんは、2011年4月に家島に移住し島の観光ガイドをはじめた。
離島の人口減少にともなって起きている現象は、15年から20年後、日本全体で見られるという仮説もある。
(DATAFILE.JP「島は予言する」)

中西さんが家島と出会ったのは、2009年10月、NPOいえしまが企画した『ゲストハウスプロジェクト』を通じてのこと。
そのプロジェクトの「いえしまコンシェルジュ養成講座」に参加したことがきっかけで、家島の暮らしと人々の魅力に取り憑かれてしまい、『いえしまコンシェルジュ』としての活動をはじめた。

中西さんは大学で建築を学び、土木施工管理会社や都市計画系のシンクタンクで仕事をしてきた。
2級建築士の資格も取得した。
しかし「なぜ、日本の人口は減っていくのに、まだ新しい建物を建て続けなければいけないのか?」という問題意識が芽生え、そのまま建築の仕事を続けることができなくなってしまったという。
そんなとき、家島との運命的な出会いがおとずれた。

家島は瀬戸内海播磨灘に浮かぶ44の島からなる諸島で、東西26.7Km、南北18.5Kmにわたる。
その島名は神武天皇が東征中、嵐を避けて寄港した折、波の静かさを家の中のようだと例えたことに由来するとか。
かつて主幹産業の採石、海運業と漁業で栄えた家島は「お金持ちの島」と呼ばれた。

家島本島の真浦港に入ると、離島には似つかわしくない近代的な建物が目に飛び込んでくる。
他の島とは明らかに異なる風景。
それだけ経済的に豊かだったという証拠なのだろう。
しかし、近年は景気の低迷や公共事業の縮減、漁獲高の減少により、地域経済が衰退へと向かい打開策として『観光』に熱い視線が注がれるようになった。

この先の島のあり方について、少しづつ島民の意識も変わってきているという。
 
現在、中西さんの活動の柱は、いえしまコンシェルジュとしてのツアーガイドの企画・運営だ。
島を訪れる観光客に、ちょっと不思議な島の魅力を伝えている。
その不思議さはガイドなしでは簡単に見過ごしてしまうにちがいない。
それほど、さりげなく島に溶け込んでいる。
まち歩きと島料理を組み合わせた「おさんぽ+島ごはん」やカヌー体験などの「体験プログラム」、観光客と島民が直接交流できる機会を提供しているのも人気の秘密だ。
 

もうひとつ、いま力を入れているのが、いえしま特産品開発。
公益財団法人兵庫県青少年本部は、地域づくりの核となる人材を育成するための企画『ふるさとづくり青年隊』を実施しており、家島では、島内外の若者それぞれ5名が公募で集められチームを組んだ。
彼らの任務は、島の魅力を再発見し発信すること。
その活動のひとつが「島のみやげづくり」プロジェクトである。
26年度は、"家島てぬぐい"と"家島かけるえび"を開発、各種イベント会場で、また家島の通販サイト『いえしまーけっと』でも販売している。
 
そのほか、NPOいえしまの視察コーディネートや地域新聞の記事執筆、小学校、高校での授業など、中西さんの活動フィールドは多岐にわたる。 




★次回へ続く・・・・

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