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2016.11.11.17:00:00

サッカーで貧困問題を解決。ホームレスW杯に見るスポーツの可能性

 ライター 稗田和博

「存在証明」としてのW杯

前号(vol.94)で紹介したホームレスの人だけが参加できるフットサルの国際大会「ホームレスW杯」。現在では世界50ヶ国以上が参加するなど、貧困問題解決の一手段としてサッカー(あるいはスポーツ)を活用する流れは今や世界的潮流である――と前回述べた。
この大会に、実は日本も過去3度出場している。選手を派遣しているのは、雑誌販売でホームレスの仕事をつくる「ビッグイシュー日本」だ。同団体ではホームレスの自立支援に取り組んでおり、その活動の一環として生きる意欲や喜びを創出するスポーツ支援の一つにフットサルチームがある。チーム名は「野武士ジャパン」。2011年のパリ大会では7名の選手を派遣して、8日間にわたり熱戦を繰り広げた。
だが、ちょっと想像してみて欲しい。住所を持たないホームレスの海外大会参加がいかに難しいことか。海外渡航には当然ながらパスポートが必須だが、その取得には戸籍と住民票が必要であり、彼らの多くはそれが容易ではないのである。
例えば、パリ大会でキャプテンを務めたM選手(当時49歳)は、家族の失踪届けから10年以上が経過。戸籍上ではすでに死亡認定されており、「自分はこの世に存在しない人間」だった。だが、1度は人生をあきらめた彼も「ここで逃げたら今までと同じ」と戸籍を回復。その過程で唯一の肉親である姉と11年ぶりの再会も果たした。彼にとってW杯の出場は、まさに自らの"存在"を取り戻すプロセスだった。
Mさんに限らず、パスポートの取得は自らの身辺整理とこれまでの人生を清算する良い機会となる。そこには十人十色のドラマがあるのだが、何らかの理由で身分を証明できず、出場を断念する選手もまた少なくないのだ。ホームレスがW杯のピッチに立つということは、単にサッカーの国際交流にとどまらず、決意と覚悟をもって社会的に自分が何者であるかを証明することを意味する。そして、その存在証明が自立への第一歩につながる。

▲開会式のパレードでパリ市内を行進

出場メンバーの内なる戦い

パスポートの取得が一つの高いハードルなら、チーム内のコミュニケーションもまた選手たちには大きな試練である。社会生活から隔絶されたホームレスは、そもそもコミュニケーションを苦手とする者が多い。なかでもパリ大会のメンバーは、実に個性的だった。発達障害を抱えている者、うつ病で精神安定剤を服薬する者、手に障害を持ちながらアルコール依存症からの回復を目指している者……。いずれも重い過去を背負い、抜き差しならない現実と向き合っていた。なかでも唯一のサッカー経験者でチーム最年少のT選手(22歳)の生い立ちには驚かされた。彼は16歳のある日、突然、母親から自分が里親であることを知らされ、3日後に施設に行くよう告げられた。実母は出産直後に失踪しており、自分が孤児であることをその時に初めて知ったのである。一夜にして、家はおろか家族もお金もない生活に転落する高校生の人生がどういうものか。私には想像すらつかなかった。
まるで世のあらゆる社会問題をかき集めたような、さまざまな困難を抱えた選手たち。そんな彼らのW杯は、海外チームとの対戦というよりはむしろチームメイトや自分自身との内なる戦いだった。若さとテクニックに勝る各国チームに大量点を奪われ、惨敗し続ける中で、チーム内では選手間の意見がぶつかり、互いの不満や怒りなどさまざまな感情が交錯したのだ。夜の宿舎で怒声とともに相手につかみかかる一触即発の場面もあれば、ミーティングでは一部選手がチームの輪から飛び出すこともあった。
なにより日本は過去のW杯で1度も勝ったことがなく、「1勝」はチームの悲願。「パリに送り出してくれた多くの人たちやスタッフのためにも、1勝しないと日本には帰れない」と吐露する彼らは、勝敗に関係なくW杯を楽しむ海外選手とは対照的だった。
そうした中で、選手たちはむき出しの感情を抑え、相手を尊重し、辛抱強く話し合いながらチームとして最善を尽くす術を次第に身につけていった。チームは、勝利という共通目標のもとに集まった一種の疑似社会であり、その中で彼らも他者と深く関わる貴重な体験をしたようだった。

▲エッフェル塔を望む試合会場

「人生の1勝」を目指して

チームの戦績は、0勝13敗。得点19、失点125。参加国48チーム中最下位という結果に終わり、念願の1勝もかなわなかった。選手たちの目には戦いきった安堵とも悔しさともつかない涙がこぼれたが、思いは同行した関係者も同じだった。私自身、声を枯らしてまで誰かを応援したくなったのは初めてのことで、異国の地で嫌というほど敗戦の屈辱を味わいながら、それでもアゴを突き出して懸命にボールを追いかける彼らの姿に声援を送らずにはいられなかった。
同じように、現地では会場を通りがかった日本人が観戦に加わることもあった。ホームレス問題に特別な関心はなくとも、スポーツだからこそ誰もが気がねなく関われるのだが、観客もまばらな日本戦の会場で女優の中山美穂さんを見つけた時は心底、驚いた。パリ在住の彼女は、散歩中にサッカー少年のわが子に手を引かれて会場に足を踏み入れたのだが、大会の趣旨などを説明すると、すぐにW杯の意義が飲み込めたようだった。「パリに住み始めてから社会問題に関心を持つようになった」と彼女は言っていた。そして、「私にできることがあるなら」と試合後のチームに合流して、選手たちに直接エールを送ってくれた。
また、連戦が続く中で、各国との交流も次第に深まった。言葉が通じなくとも、カンボジアやフィリピンなどアジアの国々の選手たちが、日本の応援席から声援を送る姿には胸を熱くしたが、なかでも韓国チームとの親近感は特別だった。日韓戦では、不意に韓国席から「ニッポン!」コールが上がると、日本側からも「テーハミング!」のエール交換。両者の声援は試合後も会場に響き渡り、スポーツの素晴らしさを実感した瞬間だった。
帰国後、キャプテンのM選手は、こう語った。
「自分たちは、みな一度は人生をあきらめた人間。でも、周囲のさまざまな人たちの力を借りて、ようやく人生のパスが回り始めた気がする。1勝は遠かった。でも、あきらめずにパスをつないでいけば、最後には人生の1勝をつかめると信じている」

▲日本チームの平均年齢は38.6歳 ▲陽気な海外選手と交流も

スポーツがもたらす大切な価値

W杯に限らず、サッカー(あるいはスポーツ)は、国籍や人種、年齢、性別といったあらゆる差異を超えて、その場を一つにする。そこでは、社会的立場も関係なければ、名前すら必要ない。普段の練習においても、私たちはボールを蹴り始めた瞬間から誰とでも喜びや楽しみを分かち合える。W杯に集結した世界中のホームレスは、失う人生を生きてきた人たちだが、生き生きと躍動する彼らの姿は「すべてを失ってもサッカーは俺たちのものだ」と言っているかのようだった。世界の貧困や格差がどれだけ広がろうとも、何者にも決して奪えないものがある。それを、私たちは"文化"と呼ぶのだろう。
パリ大会に特別ゲストとして参加した元フランス代表のエマニュエル・プティは、スポーツの可能性について、こう語る。
「この大会で最も大事なことは、今まで人の目につかない存在だった彼らが、もう一度自分自身を再発見したことであり、その大切な価値はスポーツによってもたらされた。そして、決められたルールのもとで、それぞれの厳しい人生や生活、あらゆる立場の違いも乗り越えて、お互いを尊重し合える共同体を生み出すことができた。これこそがスポーツの社会的インパクトであり、言い換えれば、それは社会の質そのものである」

▲取材に答える著名な元フランス代表のプティ(中央)

日本では、スポーツはまだ特定の限られた人のものである印象が強い。まして、ホームレスがサッカーをすることには批判も少なくない。だが、2020年の東京オリンピック開催は、スポーツを入口にした社会問題解決に取り組む良いチャンスである。その際、ホームレスW杯で得た経験は大きな財産であり、「野武士ジャパン」においてもホームレスだけでなく、さまざまな障害を持つ人や社会的に排除された人たちを加えた国内フットサルリーグ「ダイバーシティ(多様性)カップ」の立ち上げが企図されている。その成否は未知数だが、スポーツがより深く私たちの社会に浸透した時、「ホームレスW杯の日本開催」も夢ではないと思っている。

【執筆者プロフィール】
稗田(ひえだ)和博(かずひろ)
1970年、大阪生まれ。立命館大学経営学部を卒業後、業界新聞記者を経て、30歳で独立。ホームレスの自立支援雑誌『ビッグイシュー日本版』の創刊から契約ライターとして関わる。NPOや社会企業家など社会問題の取材・執筆を多く手がけるソーシャルライター兼企業社史ライター。

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