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2016.11.11

サッカーで貧困問題を解決。ホームレスW杯に見るスポーツの可能性

 ライター 稗田和博

世界的ブランドやビッグクラブが支援する理由

今夏はブラジルW杯に世界が熱狂したが、「もうひとつのW杯」と呼ばれる大会があるのをご存知だろうか。その名も「ホームレスワールドカップ」。世界中からホームレスの人が集まる、ホームレス状態にある人だけが参加できるフットサルの大会だ。日本ではまだあまり知られていないが、2003年にオーストリア・グラーツで第1回大会が開かれたのを機に毎年開催。現在では世界約50ヶ国から500人以上の選手が参加する、文字通り世界規模のサッカーイベントである。
しかし、なぜホームレスがW杯なのか?「サッカーをする暇があるなら、仕事を探せば?」と思う人も少なくないだろう。
ホームレスW杯は、社会的に排除された人々の「希望」をつくることを目的に生まれた。ホームレス支援に少しでも関わったことのある人なら分かるが、人は仕事を失って、即、ホームレスになるわけではない。仕事や家を失い、さらに家族など身近なつながりを喪失することで、生きる喜びや楽しみを失くし、"ホープレス"になることがホームレス状態を長期化させる。一度失った希望を取り戻すのは、仕事を得ることと同等かそれ以上の難しさがある。そうした中で、ボール一つで誰にも平等なコミュニケーションの場を生み出し、喜びや楽しみを分かち合い、ゴールや勝利というささやかな成功体験を積み重ねるサッカーは、希望回復の最良のツールとなる。
実際、大会終了後の調査では、W杯に出場した選手の29%が新たに仕事を見つけ、32%が教育を受ける機会を得て、さらに31%の人がアルコールや薬物依存の状態から抜け出したと報告されている(いずれも2007年デンマーク大会終了後6カ月時点の調査)。
そうした社会的インパクトが認知され、大会の公式スポンサーには欧州サッカー連盟(UEFA)や国連のほか、ナイキやボーダフォン財団などの世界的ブランドも名を連ねている。また、欧州のビッグクラブも各国チームを支援。例えば、イングランドチームのコーチはマンチェスター・ユナイテッドが務め、スペインチームはレアル・マドリード、ポルトガルチームはベンフィカがそれぞれバックアップするという贅沢さ。過去にはホームレスW杯からプロサッカー選手を輩出したこともあるというから、その真剣さがお分かりいただけるだろう。

多い若い選手とドラッグ治療者―W杯は世界の貧困の縮図

では、実際のホームレスW杯とは、どんなものか。私は、日本チームが参加した2011年のパリ大会を現地でじかに見る機会に恵まれた。会場はパリの中心とも言えるエッフェル塔のある広場で、パリジャンはもちろん観光客も多く訪れる絶好の場所。ここに男子48ヶ国、女子16ヶ国の計64ヶ国・約600名の選手が集結したのだが、当初想像していた「ホームレスが世界中から集まるいかがわしさ」は微塵も感じられなかった。むしろ雰囲気は、若者向けのスポーツイベント。とにかく若い選手が多いのだ。
身体能力が高そうな黒人選手、屈強な白人の若者、あどけなさの残る10~20代の女子選手たち……。大会の参加資格は「16歳以上」だが、カンボジアチームなどは体も小さく、まだ中学生のような子どもばかりだった。選手を見るだけでも、ホームレス問題が世界ではいかに若者(あるいは子ども)の問題であるかが分かる。
また、ドラッグやアルコール依存もホームレス問題と密接な関わりがあり、これらの治療を受けている者にも参加資格が認められていた。私が確認しただけでも、ヨーロッパややメキシコなど中南米チームにはドラッグ治療者が少なくなく、福祉国家のノルウェーはチーム全体がドラッグの治療プログラム受講者だと話していた。
64ヶ国の選手は、まさに世界の貧困問題の縮図。不謹慎かもしれないが、チームそれぞれの顔ぶれからその国の貧困問題に思いを馳せることができるのは、W杯であればこそだった。

路上から一瞬の表舞台へ。「国」を背負って戦うホームレスたち

そんな多様な選手たちが「国」を背負って真剣勝負でトーナメントを争うのだから、面白くないはずがない。チームによって体格や体力も違えば、年齢層もマチマチ。試合によっては大人対子どものようなカードもあり、観客にとっては無差別級の格闘技を観ているような面白さがある。
また、ルールにも独自の工夫があり、技術の高い特定の選手だけが活躍するのではなく、すべての選手により多くの役割と活躍機会が与えられる巧妙な仕掛けが成されていた(図参照)。なかでも、男子選手に交じったオーストラリアの女性選手が、力士のような巨体を揺らしながら懸命にボールを追い続け、ゴールを決めたことはこの大会を象徴する1シーンだった。周囲がお膳立てしたゴールではなく、真剣勝負の中での1ゴール。湧き上がる歓声の中で、胸に手を当てながら「自分がゴールを決めるなんて信じられないわ」という仕草で喜びを表現していた彼女の姿は印象的だった。
路上から一瞬の表舞台へ。その経験が本人たちの気持ちをいかに変えるか。敗戦に人目もはばからず泣きじゃくる女の子のチームもあれば、ゴミ箱を蹴って悔しがる選手もいて、それらの喜怒哀楽すべてに次の人生へのステップがあるような気がしてならなかった。
W杯はホームレスの悲惨さを強調して支援を求めるようなチャリティ活動ではなく、ただ路上のホームレスが人生に一度、国を背負ってピッチに立つ。その“誇り”の部分に重きを置いた社会復帰のきっかけづくりとして機能していた。
創設者のメル・ヤング氏はこう語る。

「W杯を始めようとした時、『お前は頭がおかしいんじゃないか』という人もいた。でも、サッカーは世界の共通言語で、ボールひとつあれば誰でもできる。路上では孤独でも、サッカーを始めれば家族のような仲間ができ、W杯ともなれば、さらに広い仲間ができる。誰かとつながり、自信をつけることで、その人の心に変化が生まれるのです。いつも人の変化は、気持ちの変化から始まる。私はそう信じています」

ホームレスの国内リーグがある世界と遅れた日本

だが、そもそも64ヶ国ものチームは、誰がどのようにしてW杯に送り出してくるのか。各国を取材して驚いたのは、すでに多くの国で社会的に排除された人たちの国内サッカーリーグが存在していたことだ。
例えば、オーストラリアは2009年にホームレスW杯のホスト国を務めた経験を基に、社会的に排除された人々の健康保健ツールとしてサッカーを採用。政府支援のもと、国内25地域でリーグ戦の開催から住宅提供・生活支援、就業・就労支援までを行う総合プログラムを展開していた。また、開催国のフランスでも国内に複数のリーグが存在しており、これらを運営する5団体が結束して、パラリンピック協会が協力することでパリ大会誘致を実現していた。
圧巻だったのは、この大会で男子・女子ともに準優勝の活躍を見せたメキシコだ。同国にはW杯と同規模のトーナメントが国内に存在し、国内32県に及ぶ約1万8000人のホームレスの中から8人の代表選手が選抜されていた。
各国の取り組みから読み取れるのは、サッカー(あるいはスポーツ)が貧困問題の解決に役立つというゆるぎない信念のようなもの。地球規模の広がりを考えれば、それは世界の確信と言ってもいい。未だ競技スポーツか体育が主流の日本の現状を考えると、愕然とする思いだった。冒頭の「なぜホームレスがサッカーをするのか?」という問いにも、ノルウェーのコーチは明快に答えてくれた。「同じ質問をノルウェーですれば、おそらく80~90%の人が『それはいいことだ!』と賛同するだろう。サッカーは人に規律を与え、自信をつけさせ、新たな友人関係をもたらす。胸に国旗をつけてプレイすればプライドさえ取り戻せる。それはもう自明のことなのです」
日本では、パリ大会に選手を派遣することに批判の声も少なくなかった。逆風の中で、日本チームはどう戦ったのか。次回は日本チーム(野武士ジャパン)の奮闘を報告する。

(参考文献)岡田千あき『サッカーボールひとつで社会を変える スポーツを通じた社会開発の現場から』(大阪大学出版会)

【執筆者プロフィール】
稗田(ひえだ)和博(かずひろ)
1970年、大阪生まれ。立命館大学経営学部を卒業後、業界新聞記者を経て、30歳で独立。ホームレスの自立支援雑誌『ビッグイシュー日本版』の創刊から契約ライターとして関わる。NPOや社会企業家など社会問題の取材・執筆を多く手がけるソーシャルライター兼企業社史ライター

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